たんぽぽの近況ご報告☆
2010年02月01日 (月) | 編集 |

みなさま☆ こんにちは ( ノ゚Д゚)

 

またまた ブログが停滞していて

申し訳ありませんです・・・はい・・・。

 

なのでちょこっと管理人の近況を載せたいと

思います☆  ディズニーとか関係ない記事なので

興味のない方は どうぞスルーしてくださいませ

 

しかも、かなり重い感じ・・・

しかもすんごく長いので・・・・;

読む方はお覚悟を・・・・・;

Σ(゚Д゚;)ギクッ

 

 

昨年の12月の下旬ごろから 私の母方の祖母が

体調を崩し 救急車で運ばれるといったことが

続いていました。

 

もともと祖母は もう20年近くの長い時間を

肝臓癌と戦ってきました。

 

幸い 腕の良いお医者様 それから祖父が

一生懸命 文字通り身を粉にして働いたお金があったため

なんとかここまで 病気とも闘ってこられました。。

 

祖母の唯一の夢は

「私の花嫁姿を見ること」

でした。

 

そのためだけに 函館⇔札幌を年に何度も往復し

腕の良いお医者様の病院に足を運び続け

私財を投げ打って みんな戦ってきました。。

 

ところが 昨年のある日

 

病院側での医療ミスが起こりました。

 

電気療法・・・ か何か の器具を

誤って麻酔の効いて眠っている祖母の足の上に

放置したため 祖母は足に長時間電気を流されて

やけどを負う・・・という事故でした。

 

そこからは すべてが まるで最後の運命に導かれるように

事態はみるみるうちの急転。

 

もともと糖尿病を患っていた祖母

一時退院をしても 頭に毒素がまわり

重度の意識障害を起こすようにもなってしまいました。

 

ある日 突然 祖父が目を覚ますと

半裸の祖母が 家中に糞尿を垂れ流し

わけの分からない発言を繰り返し 奇声を上げて

暴れまわる症状もありました。

 

入院して一時的に良くなっても

それは完全には収まらず 

母に 「あんた誰?」と言ったそうです。

 

 

母は 泣きながら札幌に戻ってきました。

 

 

自分で一人で函館から札幌の3時間以上の道のりを

こられるだけ元気だった祖母

本当にキレイ好きで キチンとした祖母は

ほんの半年たらずで  ベッドから起き上がることすら

ままならない危篤状態に陥りました。

 

 

私は2月8日に 様子を見に行くように飛行機の手配を

しましたが 親戚から

「もしかしたら 間に合わないかも・・・」との連絡を受けて

急遽 1/28から3日間 祖母の見舞いに行ってきました。

 

千葉から羽田空港に移動し

そこから函館空港へ向かい まっすぐ病院に

向かいました。

 

覚悟はしていましたが 私は 

あまりにも豹変した祖母の姿に絶句しました。

 

食事を受け付けられなくなった祖母は

文字通り 骨と皮 だけの状態で

パンパースと 尿のホース それから大きな点滴の

機械を付けられて ベットに横たわっていました。

 

私たちが行った日は 少し体調も収まり

水を飲んだり 本当に少しですが

食べ物を口にすることもできましたが・・・・・・

 

やっぱり食べ物を 体は受付けられないようで

私たちが帰る日に 病院に行くと 苦しそうにしていた

祖母がいました。

 

寝たきりで 体中の痛みを訴える祖母は

私たちに

「もう死にたい」と 何度もつぶやきました。

 

 

その言葉を祖母に言われたときの 母の顔を

私はきっと

一生忘れることはできません。

 

 

祖母の姿も忘れられませんがそれ以上に

そのときの母の姿を 私は本当に

一生忘れられないと思います。

 

自分もこれから 年老いて

次は母を看取らなくてはいけないときが

やってきます。

 

そしていつかは 自分も

誰かに看取られるのだと思います。

 

そのときに もしかしたら一人ぼっちかもしれないけど

できればせめて これから残されていく人たちに

こんなどうにもならない気持ちを味わわせないように

安らかに居られたらいいな・・・と思います。

 

 

生きるということも難しいことだけど

死ぬと言うのも難しいことなんだなあ。。。と

思わずにはいられません。

 

そんな状態でしたが 飛行機・汽車の時間が

ある私たちは 看護婦さんにお願いをして

帰省するしかありませんでした。

祖母は これが最後だと言わんばかりに

泣いていました。

 

そんな祖母に看護婦さんは

「〇〇さん、 幸せだね。。」と言っているのが

聞こえていました。。

 

 

病室を出ても泣きじゃくる母に

私は かなりキツイ口調で

「泣くんだったら 家に帰らないで

病院に残れ!!!!」 と言いました。

 

そうすると 母は怒って

ようやく泣きやみました。

 

母の気持ちは痛いほど分かります。

 

母が仕事を辞めて ずーーっと祖母に

ついてあげたい気持ちも よく分かります。

 

でも、母も 祖父も まだこれからの

生活があります。

 

祖母の治療のために こんな歳になるまで

漁師を続けてきた祖父は 本当に私財のほとんどを

祖母に費やしてしまいました。

 

そんな祖父を引き取るかも・・・という今後の生活を

考えたら 母は仕事を辞めることなんてできません。

 

同情だけでは 生きてはいけないのです。

 

 

やっぱり最後はお金なのかな・・・と

思わずにはいられません。

 

 

みんながたくさんお金を持っていれば

母だってとっくに仕事を辞めて

つきっきりで看病したでしょう。

 

でも残されたものたちの生活があるんです。

 

このどうにもならない思いを

みんなどうしていいのか分からず

本当に 修羅場です。。

 

この状況を 帰ってきてからすべてもらさずに

泣きたいのを我慢して王子に話しました。

 

王子は 悲しそうな顔をしながら

ずっと黙って 私の話を聞いていました。

 

そして一言 

 

「みんなで千葉に引っ越してきたらいいのにね」と

 

言ってくれました。

 

 

私は 両親を置いて 千葉に来ました。

王子と結婚するために 自分の幸せを優先して

千葉に来ました。

 

だからもちろん 覚悟してました。

 

両親や 身内に急な不幸があっても

すぐには行ってあげられないかもしれない。

 

そのときに お金がなかったら

何もしてあげられないかもしれないって。

 

 

でも、幸いに 王子はキチンとお仕事をして

私は専業主婦でも居られていて 人並みに生活できています。

 

人の命は お金ではないといいます。

 

でも、お金がなかったら 何もしてあげられないのも

現実ですよね。

 

 

考えても答えの出ない現実に

31歳になって 直面するときがきてしまいました。

 

 

・・・と;こんな重い記事になってしまって

本当に申し訳ありません;

 

ブログで書くことじゃねーだろ;とも思うのですが

冷静に自分を見つめなおすために

ここに書いておきたかったんです。

 

 

 

 

この記事を 読んで下さった方に

最大の感謝と 心からの御礼を申し上げます。。

 

次は まだ掲載していないディズニーの記事

なんかも載せていきますので どうぞごらんくださいませ!!

 

 

 

 

 

 

 

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